ギャンブル依存から離れるキッカケとして名前が挙がる「底付き」、別の言い方をすると「無理だと納得する」「諦める」という事だと私は思っていますその辺りを深掘りしてみました
底付き
よく聞く話は「ギャンブルでの借金が限界まできた」。ドン底に付いたから辞められた、というもの でも何が「ドン底」なのかは「自分が底だと思えたもの」なんですよね実は だから借金の話なら、人によっては「カード会社が貸さなくなったから」ドン底に、「3社から借りられなくなったから」ドン底に、「貯金が底をついたから」ドン底になる事もあります つまり金額の差ではなく「自分にはもう無理だ」と諦めたからドン底、底付きになる 「辞めたい」という願いから、「辞めないとどうしょうもない」という行き止まりを実感して、「辞めるにはどうしたら」という次の道が見えるキッカケになる。 言い換えれば、絶望までいかなくても諦める事で辞め始められる。
諦めと納得は同じもの?
私は同じものだと思っています、例えば 「1年で東大合格して弁護士資格を取ったら1億円あげる」 と聞いて、よしやるぞ!とか、出来ない悔しい!と思う人はほぼ居ないと思います。 「絶対無理だ」と諦めているから
諦めは絶望とセットやイコールでは無いんです 考えて理解するものでも無い 理解した時に、胸にストンと収まるような感覚 腑に落ちる、受け入れる、納得する… そして上の例え話のように「諦める」、感情の話だと思います
諦めたくない夢を目指してやり切った時のように 別れた恋人が新しい恋人と付き合い始めた時のように 「あっ、もう無理だ」と心が軽くなって視界が広がる感覚が「諦め」で「納得」 仏教用語の「執着」を手放す、という事
納得いかない、納得できない
納得いかない、は疑問を 納得できない、は否定を込めています 納得いかないは独りで悩み、納得できないは否定したい相手がいる、とも言えるかもしれませんね
もし組織や集団の中で少数が「納得できない」と声をあげているなら、逆に声をあげない多数は納得している、つまり「納得できない自分がおかしい」と思われる その組織の外側の多数の人が「納得できない」と声をあげれば「組織のルールがおかしい」と思われるでしょう
「おかしい」と言うと少し言葉が強いですが、あくまで「内心が見えない周りからの見え方」の話 自分の考え方やそう思った理由を伝えれば、そのルールが生まれた理由を伝えれば「理解する」事ができて「納得した」となる事はあるでしょう 「認められる」とは別ですが 例:罪を犯した理由が理解できた(納得)
納得いかないのは理由が分からないから 納得できないのは理由を受け入れられないから
##依存(ギャンブル)を辞められない事 なんで辞められないのか分からないのは「納得いかない」し「納得できない」事 分からない事は自分の中に答えが見つからないからいくら考えても分かりません、悩んでいる状態です。同じ失敗を繰り返す「諦めが悪い」状態が続いている
例えば「相手が自分をどう思っているか」という疑問を考えても本当のところは分かりません。想像する事しかできない そして想像するほど、自分が納得できる歪んだ答えを出して「無理矢理納得して安心」しようとして苦しむ
分からない事は悩んでも仕方ない(諦め) 今できる事は、今の状態をありのまま受け入れる事と、理由や方法を知っている人に聞いたり、情報を手に入れる事
自分はギャンブルを我慢できないんだ(諦め) 自分は独りで辞める事ができないんだ(諦め) 辞めるために色々考えたけど失敗してきた(諦め)
我慢して耐える事、誰にも頼らず辞める事に「執着」しなければ、我慢する以外の辞め方や誰かと一緒に辞める「知らなかった辞め方」を知れる
失敗する辞め方に執着しないで諦めて(納得して)、できない時は周りに助けを求める 何度も失敗してきた難しいチャレンジなんですから、辞めるためなら何をしても良いんです
追記 自身の体験を「記事」にして気付きをくれたニックさんに感謝

